第281回例会 地名探訪「鵠沼探訪 相模準四国八十八箇所 はじまりの地を歩く」
- 投稿日
- 執筆者
- 酒井侑子
- 掲載元
- ミニだより118号
2025年11月11日(火)/15日(土)
鵠沼探訪 相模準四国八十八箇所 はじまりの地を歩く~藤沢の民俗学の萌芽はここから〜
2025年11月11日(火)、15日(土)の二日間にわたり、鵠沼探訪が行われました。両日ともお天気が良く、風も穏やかで絶好の探訪日和となりました。
今回のテーマは、「相模準四国八十八箇所 はじまりの地を歩く」。藤沢、鎌倉、茅ヶ崎、寒川に点在する、四国八十八ヶ所の写し霊場は、この鵠沼からはじまりました。
江戸時代後半に、鵠沼村の富農 浅場太郎右衛門が、高座郡の南部一帯(一部は鎌倉郡)に創設しました。庶民の旅も増えていた頃、先代(浅場太郎右衛門の父)が下総国相馬を訪れた際に、写し霊場に沢山の人がお参りしているのを見て、ぜひとも鵠沼近隣にもつくりたいと思ったのが事の発端だとか。沢山の庶民が旅をする時代になったとはいえ、実際に四国まで行って巡礼するのは難儀なこと。江戸中期には天明の飢饉など、大規模な災害がありましたから、お大師様にすがりたいという当時の人たちの篤い思いから、手軽に巡拝できる準四国八十八ヶ所霊場がつくられたものでしょう。
さて、鵠沼探訪は鵠沼海岸駅から始まり、古道をたどって鵠沼皇大神宮まで北上して歩きました。お大師様の像をお参りしつつ、高根地蔵や原の辻の石塔群など、探訪ルート近くにある史蹟も訪れました。11日の回には、偶然にも高根地蔵を長年お祀りされている地元の方とお会いし、お堂を開けていただけるという嬉しい出来事が。このお地蔵様に毎日お参りしていた方は、なんと99歳の大往生だったとか。
この地を粗末にすると祟ると噂もありましたが、大切にお祀りされて皆さんに幸をもたらしていたのかもしれません。
各地にある相模準四国八十八箇所の中でも、鵠沼村には9箇所ともっとも多くがあります。そのうち2箇所は廃堂となっており、探訪では移動先にて今も手厚くお祀りされているお大師様にお参りしました。時代の波に押され、道端のお堂の維持が難しくなったためでしょう。今回歩いたルートの中でも、下見の時には存在していたお宅が、本番時には取り壊され造成地になっている所もありました。
地名探訪で鵠沼の地を次回歩くのは、きっと6年後位でしょうか。その頃には、また道端のお堂が減っているかもしれません。そんな話をしながら、鵠沼村の人々の篤い信仰心と、現代の変化を感じながら、皆さんと楽しく歩いた二日間でした。(参加者 2日間計54名)