第279回例会 地名探訪「トンボロは現れるでしょうか ~弁天橋からぐるり江ノ島~」

投稿日
執筆者
岡見みどり
掲載元
ミニだより117号

2025年6月10日(火)/13日(金)

今年度第1回6月の地名探訪(江の島地区)は、観光客で混み合う午後を避けての半日コースでした。江の島では毎年4~8月頃、干潮時の潮位が低くなると対岸との間にトンボロ(陸繋砂州)が現れます。今回はこのトンボロに合わせて企画しました。トンボロ日程表によれば6月10日(火)午前10時過ぎ、13日(金)12時過ぎに渡れるはずでしたが、10日はあいにくの雨で観光協会の仮設階段が封鎖され断念。13日はコースを急ぎ足でまわり、なんとか片瀬東浜海岸に向かってトンボロを歩くことができました。

江の島のトンボロ

江の島は廃仏毀釈に伴い江島神社の解体・縮小があり、一時廃れています。明治20年頃になると、片瀬・鵠沼が財界人や元勲の別荘地となり、また豊かな自然や美しい景観に魅了されて多くの外国人が訪れ、再び観光地の賑わいを取り戻すことになります。今回は、明治の面影を偲びつつ歩きました。

小田急線片瀬江ノ島駅に集合、境川を遡り、昭和14年建築の黒い瓦葺き屋根の寺社建築のカトリック片瀬教会からスタート。この教会は地域の開発者山本庄太郎氏の子息で海軍軍人だった山本信次郎氏の支援で設立され、2010年には市の景観賞を受賞しています。

次に江ノ島観光案内所近くの学習院の水泳訓練の地に建てられた乃木希典大将像です。戦後すぐに像は行方不明となり、残された台座跡もほぼ消滅していました。

弁天橋を渡り、モースの記念碑前で新江ノ島水族館の館長さんたちから、モース臨海実験所の話を伺うことができました。モースが来日した明治10年頃はまさに文明開化の時期で、江戸末期と変わらない生活をしていた庶民の暮らしや心根に魅せられたモースは、研究の傍ら、多くのスケッチを描いています。「みゆネットふじさわ」では臨海実験所から見た対岸や江の島の家並みなどを掲載しています。

白旗神社

明治21年頃にサムエル・コッキングが完成させた和洋折衷の熱帯植物園は、サムエル・コッキング苑として今に至っています。彼が世界から集めた植物の一つタイミンチクは100年に一度、小さな白い花をつけるそうです。6月は花期の終わりでしたが幸運にも見ることができました。

青銅の鳥居に向かって左手、昔は猟師町と呼ばれたエリアに「蘇民将来子孫門戸也」の札を門口に貼り付けた家があることを、ガイドを共にした梅本幸二さんから教わりました。蘇民将来は各地に伝わる疫病除けの民間信仰で、牛頭天王に由来します。天王社は今の辺津宮の八坂神社です。祈りの形は変わっても、江の島は祈りの島の感慨を深めた探訪でした。

参加者は2日間合計54名、他に集合しながら雨でやめた方は8名です。雨に代わりお詫び申し上げます。

地名探訪

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