遊行通りの庚申堂
- 投稿日
- 執筆者
- 中岡裕志
- 掲載元
- ミニだより119号
藤沢駅を北口方面に出ると「遊行通り」である。遊行寺への石畳の参道である。吊りリンドウ型の街路灯がある。日が暮れて歩くと、街路灯の明かりは淡く、風情がある。最近この通りは、学習塾や接骨院やホテルが増えてきた。生徒を送り迎えする車が多い。十字路を渡り、芸術学院を過ぎると庚申堂である。
庚申堂に、おじいさん、おばあさん、4,5人が集まっている。「何をしているの」と、おじいさんに聞くと「見守り隊で月に一度ほど、集まって掃除をしている。ホウキなどは、あのシャッターの中にある」と、饅頭を食べながら答える。
柔らかき日に開き出す仏の座
この庚申堂の本尊は、人の体内にいる三尸(さんし)の虫を取り除く神といわれる青面金剛立像(寄木造・玉眼・彩色・像高八十九センチ)で、一面三目で牙をむき出し、頭にドクロを頂き、蛇をまとっている。手は六本・鬼を踏みつけ、悪鬼を払う憤怒の形相で二童子を従えている。次の御開帳は、2040年とのこと。
庚申講の始まりは、江戸時代、万治・寛文頃(1658~1672)に仏教を背景に広く庶民に伝わり、福を招き災いを避けるために行われた集まりである。この源流は、中国の道教の思想で、十干・十支の組み合わせによって、六十日に一度めぐってくる庚申の夜に寝ると、体から三尸という虫が抜け出して天にのぼって、その人の罪過を天帝に告げるため生命を縮められるとされた。そのため、庚申の夜は、眠らずに過ごして無病・息災・長寿を願ったのである。
ここから10分程「遊行通り」を歩き、境川の遊行寺橋を渡ると遊行寺である。遊行寺東口の東海道は、1月2・3日に行われる正月の風物詩「箱根駅伝」の「遊行寺坂」で、当日は大観衆となる。応援が終わると、大観衆が遊行寺で参拝する次第である。
息白し遊行寺坂のごぼう抜き
右:元禄元年(1688)庚申供養塔